大手製薬会社からヘルスケアスタートアップへ。探し続けた「医療の持続可能性」と向き合える場所【株式会社カケハシ:竹部 亨氏】

株式会社カケハシ 竹部 亨氏

スタートアップに特化したキャリア支援を行っているProfessional Studio株式会社が、スタートアップで働くリアルを伝えるメディア『Startup Frontier』。よく目にするポジティブな面ばかりでなく、苦しみや葛藤など、スタートアップキャリアを歩むうえでのハードシングスについても隠さずにお伝えします。

今回は、調剤薬局向けサービス「Musubi」を展開する株式会社カケハシのPRO/RWE Business Development Manager 竹部 亨(Tohru Takebe)氏のスタートアップキャリアを紐解きます。

【Profile】

株式会社カケハシ PRO/RWE Business Development Manager 竹部 亨氏

2006年に内資系製薬企業へ研究員として入社、その後、研究開発系の企画業務、医療経済・医療政策系シンクタンクへの出向、渉外業務、経営企画業務(社長政策担当秘書、中期経営計画立案など)を担当、ライフサイエンス向けマネージングコンサルタントとしてコンサルタントへと転職後に、再度国内大手製薬企業へと転職して研究企画・ポートフォリオ系業務を担当、2023年3月に株式会社カケハシへ参画。

株式会社カケハシ:竹部 亨氏モチベーショングラフ

目次

やりたいことに向き合える環境を求めて、ヘルスケアスタートアップへ

ーーまずは、現在の業務内容について教えてください。

PRO(Patient Reported Outcomes)/RWE(Real World Evidence)領域における事業開発を担当しています。

PROとは、簡単にいうと患者さまの声です。FDA(アメリカ食品医薬品局)は、「臨床家その他の誰の解釈も介さず、本人から直接得た患者の健康状態に関するあらゆるアウトカム」と定義しています。従来重視されてきた医学的指標を補完したり、主要評価項目としたりするために用いられる、科学的に測定されるデータの一つです。一方、RWEとはRWD(Real World Data、上市後の実臨床の世界における医療データ)の解析から得られた、医療製品の使用方法や潜在的なベネフィットやリスクに関する臨床的エビデンスのことで、創薬から治療まで幅広いシーンで活用されます。

具体的に取り組んでいるのは、カケハシだから得ることのできる患者さまの声を活用した製薬企業の論文づくりやエビデンスづくり、あるいはそのフォローアップに貢献するサービスの立ち上げです。

カケハシでは直接届きにくい患者さまの声をアンケートやPROとして得て、その内容を解析、活用することで、メディカル部門さまなどでのエビデンス作りや患者サポートプログラムに役立ててもらえるのではないかと考えています。

ーー竹部さんは43歳で、カケハシへ入社されています。なぜ、スタートアップの世界に飛び込んだのでしょうか?

「スタートアップに行こう」と思っていたわけではありませんが、自分のやりたいことを模索した結果、カケハシと出会い、その思想に深く共感をして入社を決めた、というのが経緯です。とくに共感をしているのはMission、Visionの中に含まれる「持続可能な医療」という考え方や、患者さまだけでなく医療従事者側の環境も改善したいという考え方です。

株式会社カケハシ 竹部 亨氏

30代前半で見つけた、本当にやりたいこと

ーーファーストキャリアから製薬企業を選んでいらっしゃいます。「持続可能な医療」というテーマは最初から持っていたのでしょうか?

いえ、働き出してすぐは、まったく考えていませんでした。

実はそもそも、仕事に対するモチベーションが高くはなく、新卒で製薬企業への入社当初は、生意気にも「このぐらいのパワーで働けば、このぐらいの評価が得られる」と考えながら仕事をしていました。友達と遊んだり飲みに行ったりする方が楽しく、一定の評価はしていただいていたかなとは思いながらも、どこかくすぶっていたのです。

転機になったのは32歳のときに参加した若手育成プログラムでした。

これまで私は、極端に言えば全ての人の望みは「いい薬を飲んで病気が治る」だと考えていました。ただ、プログラムのメンバーとディスカッションを重ね、人が望んでいるのは「健康で幸せに人生をまっとうする」だと視点が変わりました。たとえば、健康診断に行く人も「病気を見つけに行く」と思っている人は少数派で「病気がなくてよかった」「今年も健康だ」と安心するために行っている人が多いはずです。

目線が変わると、物の見え方が変わり、仕事への意味づけも変わりました。よくある例え話ですが「石切場で石を切っている人」から「建物を建てるために石を切っている人、さらに言えば人々の憩いの場を作っている人」に変わった瞬間だったと思います。医療への携わり方は、研究や創薬だけではないと思えました。

さらに、翌年からのシンクタンクへの出向も考え方に大きな影響を与えました。ちょうど同じタイミングで子どもが生まれたこともあり「この子が死ぬまで、日本の医療は大丈夫だろうか」と未来について考えるようになったのです。このあたりから、「持続可能な医療」がキーワードになり、仕事自体がおもしろく感じられるようになりました。

株式会社カケハシ 竹部 亨氏

最大のパフォーマンスが発揮できる場所を求めて

ーーやりたいことも見つかり順調そうですが、そこから複数回の転職をご経験されています。何があったのでしょうか?

やりたいことができたものの、まだまだ解像度が低かった自分の内面の問題もあり、それができる場所がなかなか見つからず、模索していたというのが正直なところです。

出向後は、自分から手を挙げて別の部署に移りました。

そこから2~3年はやりがいを感じながら仕事ができ、会社の成長戦略の要、中期経営計画づくりにも携わりました。同じころ、社会にDXという言葉が流行しはじめ、医療業界では「Around-the-pill」(医薬品の売上を高めるためにデジタル技術なども活用しながら製品・サービスを提供すること)、「Beyond-the-pill」(デジタル技術などを活用した製品・サービスそのもので新たに売上を獲得しようとすること)といった言葉がよく聞かれるようになりました。これからの医療業界で大事にされるキーワードになるのではと感じた一方、自社にどう取り入れるのかがわかりませんでした。

製薬企業には、どうしても製品パイプライン、開発パイプラインに沿った戦略領域があり、あらゆるプロセスがそれに則って組み立てられています。いくら理想があっても、結局は既存のパイプラインから離れることが難しいのです。このままでは、自分の追求する医療や健康へのアプローチ、とくに「持続可能な医療」の貢献には限界があると感じ、転職を考えるようになりました。外の世界で視野を広げ、戦略の幅を増やしたあとで、また製薬企業に戻りたいと考えていたのです。

そこで興味を持ったのは、複数の製薬企業を相手に医療のパラダイムシフトとその手段を提案するコンサルティング会社でした。さまざまなクライアントと関わり、特定の制約に縛られずにあらゆる戦略を立案・実行できると思ったのです。声をかけてもらったことがきっかけで大手コンサルティング会社へ転職をしました。

しかし、コンサルティング業務をうまく自分ごと化できず、面白さ、モチベーションなどは、長く維持することができませんでした。

当たり前ですが、コンサルタントにとってクライアントは自分たちの所属する会社ではありません。支援する立場であり、自分の思いよりクライアントの方針が大切なことも多々あります。そんな構造のなかで、クライアントのやりたいことに自分の思いを重ねることができなかったのです。当初想定していた予定よりも早かったですが、大手製薬企業へ転職し、製薬業界に戻ることにしました。

ーー製薬業界へ戻って1年ほどでカケハシへと転職しています。何があったのでしょうか?

大企業ならではの意思決定プロセスなどが自分の性格とミスマッチしてしまったのが要因の一つです。そのため、自分らしく働くことができず、社会に貢献をしている実感が自分自身で得られない状態になっていました。

それでも努力し、ある程度の成果は得ることが出来ていたのかもしれませんが、徐々に自分の強みを生かし切れていないと考えるようになり、価値提供できない苦しみを抱えながら仕事をしていましたね。

このまま働き続けるのは難しいと思い、環境を変えることにしたのです。

先の見えない不安か、「社内の力学」から来るストレスか

ーーカケハシへ入社するまでの経緯を教えてください。

転職サイトへ登録後、ありがたいことにカケハシを含め複数社からオファーをいただき、最終的には2社で悩みました。1社はカケハシでもう一社はまったく別の大企業です。

実はギリギリまで大企業に行こうと考えていました。中期経営計画に携わった経験を買ってもらっていて、私としても「この会社で経営計画をつくるのは面白い!」と、その方針や熱意に共感していたからです。一方、選考の過程で感じた良くも悪くも「大企業らしい」コミュニケーションは、同じ結果を想起させるものでした。もし、前職と同じような意思決定の構造があるのなら、パフォーマンスを発揮できないのではと不安になったのです。

その点、カケハシにはその不安は一切感じませんでした。選考のプロセスで私からの大量の細かい質問に対して、一つひとつ丁寧に答えてもらい、立場も役職も関係なく、相手のために動いてくれる会社なんだと感じました。

間に入ってもらった、Professional Studioのエージェントである大庭さんにも助けてもらいました。カケハシとの面談準備のために気になることを大庭さんに質問すると、すぐにレスを返してくれ、一日に何度もメールをくれたこともあります。おかげで、考える時間を長く確保でき、不明点を解消した状態で面談に臨めました。業務内容や働き方、大企業とのギャップなどあらゆる質問をしていて、大庭さんから「質問しすぎも相手企業的に印象よくないかもしれません」と心配されたくらいです(笑)。

ーーこれまで大企業にばかりお勤めでしたが、43歳で初めてのスタートアップへの転職でした。不安は感じなかったのでしょうか?

不安はありました。それでも、カケハシの目指すゴールや展開中の事業は自分が目指したいことと一致していたので、覚悟を決めて飛び込むしかないと思っていました。

また、自分のこれまでのキャリアと向き合うなかで、自分の特性を理解できていたことも決断の背景にはありました。大企業の中で社内のいろいろな力学から来るストレスと戦うか、スタートアップの中で先の見えない不安と戦うのか。どちらが好きなのか考えたとき、明らかに後者だと思ったのです。不安はあっても、未知の領域に踏み込んで新しい道筋をつけることは好きでしたし、得意でもありました。

オープンなコミュニケーションで、入社後のギャップはなかった

ーー実際に入社して、大変さは感じましたか?

正直、そこまで感じていません。

強いて挙げるなら、少ない人数で事業立ち上げをおこなう都合上、やるべきことが多いところは大変なのかもしれません。私の専門性や経験とはまったく異なる領域であっても、立ち向かっていくタフさは求められていると思います。毎日ヘロヘロになるまで働くので、肉体的な疲労感はありますが、それでも大変だという感覚はありませんでした。

背景には、入社までのプロセスでカケハシから会社の実情を包みかくさずに教えてもらえていたことがあります。

カケハシには複数回の面談を設けてもらい、役員から同僚になる方まで計7名ほどとお話をさせてもらいました。面談では入社前の不安を解消するため、とくに働き方の観点からあれこれ質問しました。「事業の急成長フェーズでは、今より忙しく働いたり、専門分野以外の領域でも対応してもらったりというシチュエーションはあると思います」などと包みかくさず教えてくれ、そのおかげで入社後もギャップがなく、大変さを感じずに働けています。

ーー最後に、今後の展望について教えてください。

今はカケハシで、取り組み中の事業を形にして、会社として描いている計画の完成に貢献できればと思っています。その後のことは、まだ具体的には考えていません。

正直なところカケハシ入社前は、これまで勤めたような大企業にしか目が向いていませんでした。製薬業界で企業の規模も立場ももっと上へと目指している感じでした。もちろん、その結果が医療や社会への貢献につながると信じていたからですし、いまもそれは1つの方法だと思っています。ただ、カケハシと出会いその考え方に触れるほどに、凝り固まった考え方がほぐれ、純粋に自分がおもしろいと思えるもの、社会に貢献している手触り感のあるもの、良いと思えるものにチャレンジしたいと心から思えるようになりました。

長期的には、このままカケハシに在籍し続けることも選択肢の一つですし、第一線からは退いて収入よりも社会的意義や自分の感じる面白さを追求した事業に携わることも良いかもしれません。ハイリスクですが、再度サイエンスの世界に戻り、創薬ベンチャーに飛び込んでみる、あるいは自ら起業を考えてみるのも面白いでしょう。その瞬間ごとに、よりワクワクする未来を選んでいければと思っています。

右:株式会社カケハシ PRO/RWE Business Development Manager 竹部 亨氏、左:担当エージェントのProfessional Studio株式会社 大庭 崇史

右:株式会社カケハシ PRO/RWE Business Development Manager 竹部 亨氏、左:担当エージェントのProfessional Studio株式会社 大庭 崇史

『Startup Frontier』を運営するProfessional Studioは、スタートアップに特化したキャリア支援を行っています。エージェントはスタートアップ業界経験者のみ。キャリアや転職に関する相談をご希望される方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。

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取材/執筆/撮影:種石光

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