スタートアップに特化したキャリア支援を行っているProfessional Studio株式会社が、スタートアップで働くリアルを伝えるメディア『Startup Frontier』。よく目にするポジティブな面ばかりでなく、苦しみや葛藤など、スタートアップキャリアを歩むうえでのハードシングスについても隠さずにお伝えします。
今回は、ヘルステックスタートアップUbie株式会社にて、HRリードを務める、長野 文紀(Fuminori Nagano)氏のスタートアップキャリアを紐解きます。
【Profile】
Ubie株式会社 Pharma Innovation HRリード 長野 文紀氏
会計事務所、上場企業の子会社にて税務・会計領域の経験を積みつつ社会保険労務士資格を取得した後、グローバルに事業展開するソフトウェア会社にHRとして参画。人事部長を経てCOO兼子会社取締役に就任。M&A・PMIなどを経験後、スタートアップから創業50年を超える企業まで、幅広いフェーズ・業種におけるコーポレート部門の立ち上げやハンズオン支援を行う。2023年Ubie株式会社に参画し、Ubie Pharma InnovationのHR部門立ち上げに従事。
40代で感じた伸び代、経営の視点を保ち続ける
ーーまずは、現在の業務内容について教えてください。
現在はUbie株式会社に勤め、製薬事業のHRリードを務めています。Ubieは複数の事業を展開しており、事業ごとに人事担当がわかれています。私の担当は製薬会社さま向けに「製薬ソリューション」を展開する部署のHRBP(Human Resource Business Partner)です。人事部の立ち上げ的な役割で、採用、配属、能力開発、評価など、人事業務全般を推進しています。
また、会社全体の人事や組織開発業務も兼任しています。もともとの管掌範囲は製薬事業部だけでしたが、さらなる会社規模拡大を見越して、そちらも兼任するようになりました。
ーースタートアップキャリアにおける一番のハードシングスを教えてください。
なにをもってハードというかは難しいですが、Ubieに入ってからが一番、「自分の未熟さ」を感じます。
たとえば「業務のレイヤーに応じて視座をスイッチする」ということ。今Ubieは成長ステージでいうところのレイターステージに差し掛かっており、スタートアップのなかでは比較的成熟している段階ですが、業務に応じてマネジメント的な視野からプレーヤーとしての視野まで幅広く求められます。
プレーヤーとしての業務を処理するときは、処理速度を高めるため、脳が余計な思考を切り捨てますが、そのタイミングで経営に関する問題を投げられると、視座を全社視点に戻すのに意図的なスイッチの切り替えが必要です。プレーヤー業務にあたりながらも、いかに全体感を失わずに、経営的な視点を保てるかが、とくに今意識しているテーマです。
ーー徐々に、できるようになっているのでしょうか?
自分と周囲の環境をメタ認知してなすべきことを考える、というもともとの傾向はあります。それでも、目の前にある業務の引力は非常に強く、とくにスタートアップの場合はその量も求められる処理スピードも速く、うっかりすると低い視座・狭い視野で固定されてしまう。とくに、慣れた作業を繰り返すときは危険なので、いま自分がどのレイヤーで思考すべきなのか意識しています。
「清く、正しく、美しく」あり続けるためにスタートアップの世界へ
ーー長野さんがスタートアップ業界で仕事を始めたのはいつごろなのでしょうか?
40歳のとき、副業として始めたのが最初です。
当時私が役員を務めていた会社で副業解禁を検討しており、メリット・デメリットを調べるため、トライアル的に私が副業をすることになった、というのが経緯です。実は私はもともと副業解禁に否定的でしたが、いざ経験してみると客観的に自分の会社を見れたり、自分の価値観やスキルをアップデートできたりと、非常に良い経験になりました。
それからさらに3年後の43歳のとき、実際にスタートアップへ転職し、社員として働き始めました。
ーー副業も経て、43歳であたらしい世界に飛び込んだわけですね。何かきっかけがあったのでしょうか?
自分の成長スピードが下がることに危機感を覚えたからです。
私は20代を会計事務所で過ごして、20代後半からは事業会社で過ごしました。とくに、2社目の事業会社には10年以上在籍し、最終的には執行役員まで任せてもらいました。このまま定年まで勤め上げるのが、安定していて「普通」なキャリアの過ごし方だと思いましたね。
ただ「このままでいいのだろうか?」という気持ちもどこかにありました。組織のなかで昇進するほど、自分の意見に正面から反対できる人が減り、他者から指摘を受ける機会が少なくなります。20代から30代にかけて、資格をとったり、人に会ったりと成長を追いかけて走り続けてきた自分からすると、成長の実感を得られなくなる環境は魅力的に思えませんでした。
また、もう一度プレーヤーとして現場に出たいという気持ちもありました。ビジネスを取り巻く環境は目まぐるしく変化をしています。私がプレーヤーとして現場に出ていたのは30代前半までで、今の働き方や業務ツールは当時とは大きく変化していると感じていました。その変化を肌で感じていない人間に、適切なマネジメントができるとは思えなかったのです。もう一度最前線に立って、変化に追いつき、スキルを身につけ直したいと思いました。
ーー成長意欲の高さを感じます、なぜそうまでして、スキルを磨きたかったのでしょうか?
30代までは漠然と成長をしたいと思っていましたが、スタートアップへ飛び込んだ40代では、自分の哲学に従った、ということが近いかもしれません。
はじめて人事部長になった35歳ごろから、自分に任される問題がほとんど、答えのないものに変わりました。正解のない問題に答え続けるうちに「自分の哲学がないと通用しなくなる」と感じたのです。そこで出会ったのが「清く、正しく、美しく」という言葉でした。
とくに自分にとって大事だったことは「美しく」という感性を仕事に対しても持つことです。知らず知らずのうちに自分の肩書きにあぐらをかいて、誰にも何も指摘されない環境で過ごすことは、私からすると「美しく」ありません。感覚に依存するものなので、説明は難しいですが、言葉にできないからこそ自分の根幹にかかわることであり、偽ることができないものだと考えました。そして私は、執行役員の肩書を捨てることを決断したのです。
ーーなぜ、最初に入社するスタートアップとして、ログラスを選んだのでしょうか?
サービス自体に魅力を感じたからです。
私はこれまで、多くの企業と関わるなかで、事業生産性が低く、会社としての儲けが出ない、だから社員の給料も上げられない、と誰にとっても望ましくない状態に陥っているケースに多く触れてきました。一方で、その現状が何によってもたらされているのか可視化できず、改善したい気持ちがあっても課題の特定・解決に至らないまま苦しむ企業はたくさんいます。
ログラスが提供する経営管理ソフトは経営状況の可視化ができ、業務効率化のサポートもしてくれます。世の中を大きく変える可能性があると感じました。
29歳で挑戦をしたのに、43歳ではしないのか?
ーー約1年で転職を決断されています。何があったのでしょうか?
出社ポリシーが変わって、家族に負担がかかることがきっかけでした。
私は仙台に家族と住んでいて、子どもがまだ小さく、転勤が難しい状況です。そのため、リモートワークが前提で働いていましたが、コロナの終息が近づくに伴って社内ルールが変わり、一部出社が原則になりました。
自分の事情と会社の方針とを擦り合わせて、働き続けることもできたと思います。ただ、新しい挑戦をする良い機会だと思いました。さらにレイターステージ寄りのスタートアップだとなにが違うのか、興味を持っていたのです。1年ほどの在籍期間ではありましたが、一通りの経験をさせていただいたので、別の環境へと移ることを決めました。
ーーどのように転職活動をされたのか教えてください。
一般的な転職活動と同じように、転職エージェントへ登録をしました。そのタイミングで、声をかけていただいたのが、Professional Studioの大庭さんでした。
ーー大庭さんに伺います、長野さんの転職活動をどのようにサポートされたのでしょうか?
大庭:最初は、一般的な転職支援と同じように、これまでの経歴やお考えをもとにマッチする会社を数社ご紹介しました。
社会貢献や意義といった観点と、仙台在住という環境で働きやすいところを、といった観点でご興味を持っていただいた企業での選考をフォローさせていただきましたが、長野さんの場合とくに注意が必要だったのは、転職候補会社との調整でした。転職活動中、たまたまご親戚の事情で立て込んでしまい、当初予定していた期日で、オファーに対する返答ができなくなったのです。そこで私から企業に、返答期限を伸ばせないか交渉しました。
長野:その節はお世話になりました。身内の事情でどうしても、転職の判断に時間を割けなくなったのです。
そのような事情もあって、実は一度Ubieのオファーもお断りしています。私にとって魅力的な提案ではありましたが、ハードワークを求められることは間違いないと考えていて、もっと緩やかに働ける会社が良いと考えたのです。
大庭:そうでしたね。一度断られたものの、私としては非常にもったいないと思っていました。Ubieさんよりも他社の方が魅力的だった、という理由なら納得できます。ただ、働き方さえすり合えば入社できるなら話は別です。Ubieさんとの調整次第で、お互いにハッピーな形に調整できるのではと思いました。
Ubieさんからすると、事業部ごとに人事がバラバラなことに課題感を持っていて、経営者の目線で全社の制度設計ができる人材を求めており、長野さんの経験やスキルはぴったりでした。一方、長野さんは社会貢献性の高い事業への関心が強く、Ubieさんがサービスを展開する医療領域は、志向性に近いと考えていました。
ーー長野さんとしては、なぜUbieに魅力を感じていたのでしょうか?
大庭さんのおっしゃる通り、社会的価値が高い事業を展開していることは自分にとって重要でした。加えて、社員の方々がこれまで出会ったことがないほど優秀だったことも大きかったです。
私より一回り以上若い方が多いですが、思考のスピードが早く、自分や自分の仕事のことを徹底的に客観視できる人たちだと感じました。自分たちを過大評価せず、強みも弱みも俯瞰して仕事をしている印象でした。
それに加えて、人としての魅力を持っている方も多いと感じました。「ここが苦手です」「ここがよく分かりません」と、ニコッと笑いながら言える人が多く、弱みを自然とさらけ出せる姿勢に本当の強さを感じたのです。優れている人と仕事がしたいと思っていたこともあり、その点、Ubieはぴったりでした。
ーーハードワークを気にされていました。働き方の折り合いはついたのでしょうか?
そうですね。Ubieには私の事情を伝え、テレワーク中心が希望であることを含め、働き方のすり合わせをさせてもらいました。おかげさまで、ある程度は心配がなくなった状態で入社できましたが、最後は、自分自身で覚悟を決めたかたちです。
私は29歳で上場企業の子会社から転職をしています。給料が大幅に下がり、キャリアの安定も捨てる選択でしたが、自分自身が成長をするためにはやむを得ないと考えての転職でした。そのような決断を29歳でしているのに、43歳ではしないのか、29歳の自分はいまの自分をみてどう思うのか、と自問自答をしたのです。
また、自分の子供が成長し岐路に立って悩むことがあれば、「自分は挑戦する道を選択してきた」と言って背中を押してあげたい気持ちもありましたね。
社会に貢献しながら、自分の想像を越えたキャリアをつくる
ーー最後に、今後の展望について教えてください。
明確なビジョンは持たないようにしています。今の自分でイメージできる将来像をあまり信用していないからです。自分でも想像がつかない自分になりたいですね。
ただ、キャリアを考えるうえで大事にしている軸は大きく2つあります。1つは、社会貢献性の高い仕事をすることです。
私は仙台出身で、東日本大震災で大変なことになった地元を見てきました。電力が遮断され、当時勤めていたソフトウェア会社ではほとんど事業活動ができませんでした。いくつかの飲食店は道端で炊き出しをして暖かい食事を提供していましたし、住所と名前だけ書いてもらって、後払いでお店の商品を配っているコンビニもありました。そんな状況下でなにもできない現実を前に、強い無力感に襲われたのです。
自分の所属する会社が何を提供し、どのように社会に貢献しているのか、その会社が存在することで社会がどう良くなるのか、をしっかり考えず、腹落ちするようにしてこなかったことを振り返るきっかけとなりました。同時に、社会貢献性の高いサービス会社を選ぶようになりました。とくに、地元仙台や東北の再生に何かしらの貢献ができる事業に携われると良いなと思っています。
もう1つ大事にしているのは、後世にまで残る仕組みをつくることです。「年功序列」「成果主義」を最初に考えた人を答えられる人は少ないと思いますが、内容を知っている人は沢山いると思います。、課題と真摯に向き合い、その解決策として生み出したものが後世に残っていくというのはとても美しい仕事の形だと思います。自分が仕事をする以上、そのドメインにおいてスタンダードになる仕組みを発明したいと考えています。
そのために今後も、社会に貢献しながら自分自身の能力を高め続けていければと思います。
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