印刷業界にシェアリングプラットフォームを持ち込み、ファブレス経営で急成長を遂げたラクスル株式会社。その同社がいま、自社製造機能の保有という「大きな転換」に舵を切っています。この変革の旗振り役としてラクスルファクトリーの取締役を務めるのがAGC(AGC株式会社)、BCG(ボストン コンサルティング グループ)、そしてアーリーフェーズのAIベンチャーという異色の経歴を持つ君塚氏です。君塚氏がこれまでのキャリアで直面した葛藤と、Professional Studioとの出会いによって実現した「自身のスキルセットが120%活きるマッチング」の舞台裏を深く掘り下げます。
【Profile】
ラクスル事業本部 SCM統括部
ラクスルファクトリー 取締役生産本部長
君塚 悠 氏
慶應義塾大学大学院修了後、旭硝子株式会社(現AGC株式会社)にて生産技術開発に4年間従事。2017年よりボストン コンサルティング グループにて約4年半、戦略コンサルタントとして製造・物流業のトランスフォーメーションや業務改善を推進。2023年、株式会社アダコテックにて製造業向けAIプロダクトの事業開発を担当。2024年にラクスル株式会社へ参画し、生産子会社ラクスルファクトリーの取締役に就任。現在は製造拠点の統括およびオペレーション変革を牽引する。

製造工程に関する解像度を極限まで高める挑戦

まずはラクスルの事業内容と、そのユニークさについて教えてください。
ラクスルの最大のユニークさは、これまで印刷業界にシェアリングプラットフォームを持ち込み、ファブレスで事業を展開してきた点にあります。もともと印刷業界では顧客が発注しようとすると印刷会社と一対一でやり取りをする必要がありました。しかし顧客には印刷の専門知識がないため、データ入稿の不備や仕様の調整に膨大な時間がかかり、価格も個別最適という、顧客にとって大きな「不」が存在していたんです。
そこにECサイトを通じてデータと配送先、仕様を選べば発注が完了するというデジタルな顧客体験を持ち込んだのがラクスルです。さらに裏側では、稼働率が大幅に落ち込んでいた全国の印刷会社の非稼働時間を活用するシェアリングモデルを構築しました。大掛かりな設備を持つ印刷会社に適切なジョブを流すことで印刷会社は稼働率を上げられ、顧客は安価で高品質なサービスを受けられる。この「表(顧客体験)」と「裏(供給網)」の両輪の効率化こそがラクスルの強みです。
現在はそのモデルを横展開されているのでしょうか。
はい。現在は別会社となっていますが物流DXの『ハコベル』、マーケティングプラットフォームの『ノバセル』、ITデバイスとSaaSの統合管理サービスの『ジョーシス』などを展開し、「End-to-Endで中小企業の経営課題を解決するテクノロジープラットフォーム」を目指しています。

その中で、君塚さんが取締役を務める『ラクスルファクトリー』の役割は?
実はラクスルファクトリーは、パートナー企業との連携を土台にしたプラットフォームという事業モデルから一歩踏み出し、自社で製造ケイパビリティを持ちに行くという、ある種のビジネスモデル転換を象徴する存在なんです。事業を拡大していく上で、製造に関してはパートナー企業との関係性の上にしか成立しないという構造を何らかの形で乗り越える必要がありました。
そこで2023年にパートナー企業であるネットスクエアのラクスル向け事業を分社化し、ラクスルファクトリーを設立。自ら製造拠点をひとつ持つことで、製造に関する解像度を高める取り組みをはじめました。圧倒的なナンバーワンであり続けるためにはコストと品質の最後のピースである「製造現場」を自分たちで深く理解し、ビジネスを発展させる必要があったのです。
現在はどのような規模で運営されているのですか?
現在は日本全国に4つの拠点があります。豊洲、藤沢、大阪、そして福井県鯖江市です。鯖江市は紙の印刷ではなく、トートバッグなど布製品の印刷拠点ですね。私はこれら複数の工場を統括する「生産本部」の本部長として、製造オペレーション全体の責任を担っています。
理系の技術者から、上流の意思決定を目指してコンサルへ

君塚さんのファーストキャリアはAGC(旭硝子)だったと伺いました。
理系学部の学生時代、無機化学やセラミックスの研究をしていたこともあり、自然な流れで素材産業の大手であるAGCに入社しました。実は子供の頃から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクのような、化学や技術で主人公を支える技術者に憧れていたんです。しかも幼稚園の頃の夢は恐竜博士でしたから、根っからの理系ですね。
AGCではどのような仕事を担当していたのですか?
工場に配属され、生産技術者として製造機械の設計と立ち上げに奔走していました。3階建ての建物が丸ごと埋まるような巨大な設備です。そこで目の当たりにしたのは、日本の製造業を支える現場の作業者の方々の真摯な姿でした。彼らが汗水垂らして日々仕事に向き合う姿は、私の原体験として深く刻まれています。
そこからなぜ、戦略コンサルのBCGへと転身されたのでしょうか。
現場でのプロジェクトにやりがいは感じていましたが、次第に「このプロジェクトは会社の全体戦略の中でどう位置づけられているのか」が見えにくいことにフラストレーションを感じるようになりました。若さゆえの焦りもありましたが、上流の意思決定がどのように下され、現場に落ちてくるのか、その過程を直接見に行きたいという思いが抑えられなくなったんです。それで、思い切って経営コンサルの世界へ飛び込みました。

コンサル時代も、やはり製造業が中心だったのですか。
そうですね。製造業や物流といった“オペレーショナルヘビー”なお客様のプロジェクトに4年間ほど携わりました。業績改善や組織改変、いわゆるトランスフォーメーションの案件です。財務状況を向上させて未来の原資を作るための大規模プロジェクトで、1年かけて収支改善を見届けるような重厚なケースを多く担当しました。
現場経験があるコンサルタントとして、強みを発揮できたのでは?
まさにそこを期待されていましたし、実際、現場の方々とのリレーション作りには自信がありました。しかし、同時に葛藤も抱えることになります。トランスフォーメーションの名の下で行われる徹底したコストカット、つまりは『痛みを伴う人員の適正化』にまで踏み込まざるを得ない側面があったからです。
医師のように企業の健康をより良くしていきたいと思っていたのに、成果の8割が人員適正化だったりすると「工場を良くしたくてコンサルになったはずが、逆に工場を潰して回っていないか」と自問自答することが増えました。もっと技術のアセットを活かして、競争優位を作り出すポジティブな変革がしたい。そう考え、テック系ベンチャーへの転身を決意しました。
ロジカルシンキングが通用しない「解像度の壁」

それがAIベンチャーに飛び込まれた経緯だったんですね。
技術の力で社会を良くしたいという仮説を持ち、Professional Studio代表の市川さんに相談したんです。彼とはBCGの入社同期で、当時はよく「美味しいご飯屋を紹介して」という仲でしたが、それが「いい仕事を紹介して」に変わったわけです(笑)。紹介を受けたのは、製造業の部品検査を自動化するアーリーフェーズのAIベンチャーでした。
実際にベンチャーの中に入ってみていかがでしたか。
結論から言うと、自分の仮説を実現することのとてつもない難しさに直面しました。特にアーリーフェーズのベンチャーにおいて、0から1を作るためには「圧倒的な解像度」が求められることを痛感した2年間だったといえるでしょう。
具体的には、どのような難しさがあったのでしょうか。
私がいたのはラインを流れる部品の画像をAIで解析し、傷の有無を判定するソリューションを提供する会社でした。社内では「とある部品の表面画像はこうだから、うちのプロダクトは合うはずだ」という議論が飛び交うのですが、私は「その部品の表面なんて見たことがない」という状態だったんです。
営業として市場規模を調べようとしても、業界の深い知見がある人なら一瞬で仮説が立つポイントが、私には全く見えてこない。これまでAGCで培った現場感覚も、コンサルで培ったロジカルシンキングやプロジェクトマネジメントスキルも、この「知っているか、いないか」が勝負を分けるアーリーフェーズでは、一切役に立たなかったんです。

君塚さんのようなキャリアの方でも、通用しない世界があったと。
職人の世界に近い、属人性の極みでした。そこで寝る間を惜しんでキャッチアップし続ける道もありましたが、自分のスキルセットとの相性があまりにも悪く、効率的ではないと感じてしまったんです。会社に対しても価値を発揮しきれず申し訳ないという思いがあり、2年経ったところで、自分の強みを120%活かせる場所を探すことにしました。
その時の転職軸はどのようなものだったのでしょうか。
伴走してくださったProfessional Studioの大庭さんにはもちろんのこと、ラクスルのカジュアル面談に出てくれた執行役員の渡邊に対しても全て正直に話しました。「アーリーベンチャーに入ったけれど何の役にも立てなかった。自分のスキルが生きる、価値貢献できる場所でやり直したい」と。変に自分を飾り立てず、弱みをさらけ出したことで、逆に自分の活かしどころが明確になったのだと思います。
ラクスルはまさに願ったりかなったりの環境でしたか。
はい。上場を経てメガベンチャーへと成長していくフェーズ。そして完全な「ファブレス」から「製造拠点を持つプラットフォーム」へと踏み出す新しいチャレンジ。これまでのAGCでの製造オペレーションの理解、BCGでの経営意思決定スキル、そしてベンチャーでの苦い経験。これらすべてをあますところなく活かせるのはここしかない、と確信しました。
総合格闘技の経営。400人の組織と「成長痛」を突破する

ラクスル入社と同時にラクスルファクトリーへ出向されたそうですね。
入社初日から出向ですので、ラクスル本体では1日も働いていません(笑)。当時のラクスルファクトリーは、代表取締役の上村が一人で切り込んでいるPMIのまっ最中で、まさに右腕を必要としているタイミングでした。2024年1月にジョインし、その半年後には取締役に拝命されました。現在は仙台のM&A先企業のプロパー取締役も兼任しており、まさにラクスルらしい泥臭くもスピード感のある環境にいます。
現在、生産本部長としてどのようなミッションを追っているのですか?
ひと言で言えば「今のオペレーションを守りながら、将来に向けた変革の種を植える」ことです。ありがたいことに、私たちの売上は年間20%から30%のペースでオーガニックに成長し続けています。しかし、これは現場にとっては「恐ろしい状況」でもあります。
事業が年20%で成長するということは、同じやり方を続けていれば、必要な人員も毎年20%ずつ増えていくことを意味します。 例えば100人のオペレーター組織なら翌年には120人体制にする必要がありますが、400人規模にまで拡大した現在の私たちに当てはめると、来年だけでさらに80人を採用しなければならない計算になります。
まずは拠点拡張や設備導入、貸主との契約交渉など、成長を支えるキャパシティを作るのが一丁目一番地になるでしょう。同時に自動化やAI活用を進め、人数を増やさずに成長を実現する競争優位の確立を両輪で回しています。
印刷現場でのAI活用の余地は大きいのでしょうか。
非常に大きいです。膨大なデータが積み重なっていますから、効率化の余地をAIで抽出する適用範囲は広がっています。ハルシネーションが許されない検査領域などは難易度が高いですが、ラクスルグループ全社としてAI推進を掲げていることもあり、積極的なチャレンジを続けています。

君塚さんが今、最もやりがいを感じているポイントは?
自分のスキルセットをフル活用している実感です。戦略的な判断、意思決定のプロセス、そしてAGC時代から培ってきた泥臭い現場コミュニケーション。まさに「経営は総合格闘技」だと言われますが、知力・体力・人間力を総動員して取り組めている。
それから、この成長率の中に身を置けること自体が奇跡的です。日本の製造業で、15年以上ずっと右肩上がりで成長し続けている現場なんて、他にはまずありません。400人規模の組織になると、かつて経験したことのない「成長痛」もありますが、それをどうブレイクスルーするか。これほど打席が多い環境は他にないでしょう。
Professional Studioの支援を振り返って、いかがですか。
今回、大庭さんには本当に「あつらえたようなオーダーメイドの転職」を支援していただきました。Professional Studioの凄さは単なる経歴のマッチングではなく、求職者の原体験まで深く潜り込んで見てくれる点です。
アーリーベンチャーで苦しんだ理由を理解した上で、それでも「製造×経営」への想いを捨てきれない私のキャリアを、ラクスルという最高の舞台に繋いでくれた。企業側のニーズに対しても単なるスキルセットだけでなく、どんな思いで採用しているかという解像度が非常に高いです。
最後に、今後のビジョンを教えてください。
まずはラクスルファクトリーを、真のエクセレントカンパニーに引き上げることです。私が見てきたAGCやBCGでの「正解の姿」へ近づけ、さらにはその先へ。目の前の課題は山積みで、毎週のようにいろんなハプニングが起きますが、これを我慢するのではなく、構造的に解決して前へ進む。このプロセスを追体験できる今の場所で、日本の製造業の新しいスタンダードを作っていきたいと考えています。
君塚氏のキャリアは、日本のエリートビジネスパーソンが辿る華やかな航跡であると同時に、現場の「手触り」を愛し、泥臭い課題解決に挑み続ける泥臭い挑戦の記録でもあります。AGCの生産現場、BCGの戦略、そしてベンチャーでの挫折。点と点が繋がり、ラクスルという舞台で「製造業の再構築」という壮大なミッションへと結実していく様はドラマを感じさせます。
Professional Studioの介在価値は、まさにこの「点と点の繋がり」を読み解き、君塚氏にとってもラクスルにとっても「これ以外にない」という必然のマッチングを生み出した点にあります。高度な専門性と、人間への深い洞察。その両輪があるからこそ次世代を担うリーダーたちのキャリアを、社会的なインパクトへと昇華させることができる。君塚氏の今現在の奮闘は、その確かな証左と言えるでしょう。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
『Startup Frontier』を運営するProfessional Studioは、スタートアップに特化したキャリア支援を行っています。エージェントはスタートアップ業界経験者のみ。キャリアや転職に関する相談をご希望される方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。

