日本の約5倍という広大な国土と、約2.8億人の人口を抱えるインドネシア。世界第4位の人口規模を誇り、デジタル経済が急速に発展するこの地で、インドネシアにおける移動インフラの機能不全に対してのソリューションの提供に挑む新興国発スタートアップがあります。独自の「Rent to Own」モデルを展開し、現地ドライバーの生活水準を劇的に向上させるmovus technologies株式会社です。彼らはいかにして異文化の壁を乗り越え、新興国市場を勝ち抜く組織を築き上げているのか。代表を務める酒井氏にその舞台裏を語っていただきました。
※酒井氏とProfessionalStudio井村は、インドネシアの民族衣装/正装であるバティックを着用されています
【Profile】
movus technologies株式会社 代表取締役:酒井 丈虎 氏
大学在学中に、GoodfindやFastGrowを運営するスローガン株式会社で長期インターンシップ事業の立ち上げを経験。大学卒業後はGMSに入社し、金融機関や、自動車メーカー・ディーラー、モビリティプラットフォームとの提携を実現する。2020年からはソフトバンク株式会社の事業戦略統括部にて、PL予実管理及び経営層向け戦略の立案に従事。2021年にmovus technologiesを創業。
インドネシアの金融格差に挑むRent to Ownモデル

――まずは、現在インドネシアで展開されている事業の全容を教えてください。
酒井: 当社が事業を展開しているインドネシアでは、鉄道・バスなどの公共交通インフラが未発達な地域が多く、GrabやGojekといった配車アプリが事実上の公共交通として機能しています。通勤・買い物・通院など日常生活のあらゆる移動を配車アプリが担う社会において、ドライバーの不足はインフラの機能不全を意味します。しかし需要が急拡大する一方、担い手の供給は追いついていません。
そんな中、私たちは現在、インドネシアで「アンダーバンクド(Underbanked)層」と呼ばれる方々、主にはライドシェアドライバーを対象とした、独自のファイナンスサービスを提供しています。アンダーバンクドとは、銀行口座は持っているものの、過去の信用情報の欠如などが原因で、ローンやクレジットといった十分な金融サービスを享受できていない層を指します。
――具体的にはどのような方々がターゲットなのですか?
酒井: メインのお客様は、配車アプリやライドシェアのプラットフォームで働く個人事業主のドライバーさんです。インドネシア国内には、現在数百万人のライドシェアドライバーが実態として存在しています。しかし、その多くが「ドライバーとして働きたいけれど、車を買うためのローンが組めない」という大きな壁に直面しているのです。
――ローン審査に通らない人は、それほど多いのでしょうか。
酒井: 実態は驚くべきものです。インドネシアでは車の購入者の約8割がローンを利用しようとしますが、そのうちの6割から7割は審査に落ちると言われています。つまり、通らない人の方が圧倒的なマジョリティなのです。現地金融機関からすれば、信用情報が取れない、あるいは金融サービスを受けた経験がない人に対して、どうジャッジすればいいのか分からないという課題もあります。
――そこに、御社はどう介入していくのですか?
酒井: 私たちは「Rent to Own(レント・トゥ・オウン)」というモビリティサービスを提供しています。まずはレンタルという形で契約を結んでいただき、車そのものを貸し出します。その後、一定期間しっかりとお支払いを継続いただければ、最終的にその車の所有権をお客様に譲渡するという仕組みです。リースに近いですが途中解約も可能で、お客様にとっては心理的・経済的な負担が非常に軽いのが特徴です。

――そのモデルは現地で一般的なのですか?
酒井: いえ、インドネシアではまだ非常に新しいコンセプトです。アメリカの住宅領域などでは事例がありますが、私たちはこれをインドネシアのライドシェアという急成長セグメントに特化させて展開しています。単に車を貸すだけでなく「所有権」という資産形成の機会を提供することに大きな意義があります。
――事業を通じて、現地の方々の生活にはどのような変化が起きていますか?
酒井: 生活水準の向上が劇的です。インドネシアの平均的な月収は約2万円から3万円程度ですが弊社のサービスで車を手にし、ドライバーとして活躍すればその5倍、ハードワーカーであれば10倍の収入を得ることが可能になります。まさに「人生を切り拓く入り口」を提供している感覚です。
――収入増以外にも、社会的なメリットがあるのでしょうか。
酒井: 弊社のサービスでの返済実績が「信用」となり、その後の人生で家を建てる際のローンを組むなど、次の金融ステップへ進めるようになる。私たちは、アンダーバンクドの方々が正当な金融インフラへ戻るための架け橋としての役割を担っていきたいと思っております。
――現地のドライバーさんたちの熱量はすごそうですね。
酒井: 大げさでなく凄まじいものがあります。「車さえあれば稼げる」と分かっている人たちですから。推薦さえあればなりたいという方は無限にいらっしゃいますが、これまでは「どうせローンに通らない」と諦めていたケースが多かったんですね。私たちがそのボトルネックを解消することでジャカルタをはじめとする都市の活性化にも繋がっていると自負しています。
「日本の当たり前」をアンラーニングする

――Day1からインドネシアを選んだ理由、そして現地の事業環境の難しさについてお聞かせください。
酒井: 日本人が日本という知り尽くしたマーケットで勝負するのは至極まっとうな選択です。しかし、私たちはより大きなインパクトを追求したかった。社会課題が目の前に山積みで、解決した時のリターンが最大化される場所。それがDay1からインドネシアを選んだ理由です。現在、事業開始からちょうど4年が経ちましたが、毎日が挑戦の連続ですね。
――具体的に、どのような「前提の違い」に直面しましたか?
酒井: 日本では人口の97%が銀行口座を持っていますが、東南アジアでは70%が口座さえ持てないという前提から始まります。例えば、顧客のほとんどがAndroidユーザーです。日本に住んでるとiPhoneユーザーが多いと思いますが、Android向けに如何に使いやすいアプリにしていくかを考える必要が出てきます。日本の常識を一度アンラーニングしないと、新興国での成功はあり得ないなと肌で感じています。
――組織運営において、文化の壁を感じるシーンはありますか。
酒井: エリン・メイヤーの『異文化理解力』でも語られていますが、日本とインドネシアは共にハイコンテクストな文化です。しかし、ハイコンテクスト同士だからといって通じ合うわけではありません。むしろ阿吽の呼吸の内容が180度違う。だからこそ、私たちはあえてローコンテクストに徹しています。期日、担当者、具体的なアウトプットなどのすべてを徹底して定義する。それが混乱を防ぐ唯一の手段です。
――現在、組織の規模はどのようになっていますか?
酒井: インドネシア法人のメンバーが約90名、日本側の正社員・業務委託が15名ほどです。開発チームは日本にいますが、事業運営の機能はほぼ現地にあります。この多国籍チームをまとめるのは容易ではありません。
――そこで掲げているのが、独自の行動指針なのですね。
酒井: はい、その中でも象徴的なのがPremiseにある『Enjoy Chaos(エンジョイ・カオス)』です。エアコンすらない家庭への訪問、渋滞による遅延、予期せぬトラブル……新興国ならではのカオスをストレスと感じるのではなく、楽しもうぜ、という文化です。泥臭い現場に足を運び、一次情報を取ってくることを何よりも重視しています。
――現地メンバーの気質についてはどう感じていますか。
酒井: インドネシアの人たちは本当に明るくて優しいです。新興国と聞くと「ハングリー精神旺盛」というイメージを持ちがちだと思うのですが、案外現状に満足している人が多く、金銭的な自由を強く求めていると言うものの、何かしら強いアクションは打っていない印象があります。
――そうした異なる価値観を持つメンバーを、どう同じ方向に向けさせているのでしょうか。
酒井: 共通のプロトコルを持つことです。実は面白いことに、日本のアニメが強力なツールになっています。動画配信サービスのおかげですね。『ワンピース』や『ナルト』は現地のメンバーも熟知しているんですよ。だから「麦わらの一味がなぜ組織として強いのか?」「ナルトの話に出てきたように…」といった例え話が、実務上の意識合わせに非常に役立っています。あくまで漫画の中の話にはなるのですがね。
――ジャカルタという都市のポテンシャルはどう見ていますか。
酒井: 今、ジャカルタの都市圏人口は約4000万人で東京を超え、世界1位になりました。マーケットとしての大きさ、そして成長のスピード感は圧倒的です。1980年代の日本と同じようなエネルギーが渦巻いています。ここで一つの都市を徹底的に深掘りし、インフラを構築することは日本人起業家にとっても千載一遇のチャンスだと確信しています。
成長を止めないための制度設計

――組織が拡大する中で、Professional Studioとはどのような取り組みをしてきたのでしょうか。
酒井: 元々は制度設計のコンサルティングからお世話になっていました。インドネシアのスタートアップ界隈では、等級制度や評価制度がまともに整備されていない会社がほとんどです。時価総額10兆円クラスの銀行などは別ですが、1周目のスタートアップにはまだ人材流動や制度の型がありません。
――具体的にどのような課題があったのですか?
酒井: インドネシアでは最低賃金が毎年上昇しているため、給料は毎年上がって当たり前という感覚が根強いんです。日本なら成果が出なければ据え置きもやむなし、と理解されますが、現地では評価が低くても昇給を期待される。このギャップを埋めるための納得感のある制度が必要でした。
――Professional Studioを選んだ決め手は何だったのでしょうか。
酒井: 制度設計をお願いした秋元さん(Professional Studio取締役)ご自身がスタートアップの創業初期からスケールする過程を実体験として持っていたことです。ゼロから制度を作り、それが組織の急拡大に耐えうるものかを検証してきた知見は、他には代えがたいものでした。単なる理論ではなく、実戦的なアドバイスを求めていました。
――半年間のプロジェクトを経て、どのような成果が得られましたか。
酒井: グローバル展開を見据えた、統一感のある等級・評価制度がようやく形になりました。日本サイドとインドネシアサイドの両方を内包しつつ、報酬制度は現地の水準に合わせたグラジュエーションを設ける。これにより期待値のコミュニケーションが劇的にスムーズになりました。

――インドネシアでも「ジョブ型」や「兼業」といった概念は浸透しているのですか。
酒井: 独特ですね。例えば拠点への異動は、現地ではキャリアダウンと捉えられがちです。また「兼務するなら給料も2倍にしてくれ」といった、日本人の前提とは異なる要求も平気で出てきます(笑)。こうした文化的な摩擦を一つひとつ紐解き、制度に落とし込んでいく作業をProfessional Studioさんと進めてきました。
――現在の運用状況はいかがですか。
酒井: 運用はこれからが本番ですが、現時点において最高と言える土台ができました。インドネシアのトップ層は日本と変わらない、あるいはそれ以上の給与水準を求めてきます。そうした市場競争力のある人材を納得感を持って評価し、定着させるための武器を手に入れた感覚です。
井村: グローバルで勝てる日本発のスタートアップを組織の側面から支援できるのは私たちにとっても大きな誇りです。酒井さんの描く壮大なビジョンに組織が追いつき、追い越していくような仕組みを、これからも共にアップデートしていきたいと考えています。
「総理大臣」を目指した少年の志

――酒井さん個人の原体験について伺いたいのですが、学生時代は野球に打ち込んでいたそうですね。
酒井: 慶應の野球部で六大学野球をやっていました。一緒に起業した共同創業者も野球部の同期です。起業当初、彼の奥さんがインドネシアに来るまでの1年半は、男二人でルームシェアどころかベッドシェアの生活を送っていました。ただ、彼の寝相が悪くて、クイーンベッドの4分の1が私、4分の3が彼という(笑)。まさしくザ・スタートアップな日々でしたね。
――起業へのこだわりはいつぐらいに芽生えたのでしょうか。
酒井: 遡ると中学生の時の体験が大きいです。生徒会長をしていたのですが、税金を勉強する指定校の活動を通じて、国の制度から溢れ落ちてしまう人々の存在を知りました。その時のプレゼンを見たアナウンサーの方に「君のような子が政治家になれば世の中が変わる」と言っていただいたんです。当時は短絡的でしたが「そうか、総理大臣になれば日本を変えられるな」と本気で信じていました。
――その「世の中を良くしたい」という使命感が事業に直結しているのですね。
酒井: そうですね。司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』や山崎豊子さんの『不毛地帯』からも強い影響を受けました。資源のない日本が世界で戦うには、ビジネスの力で外交的な価値を発揮し、事成す必要がある。その戦いのフィールドとして格差が大きく、同時にエネルギーに満ちあふれたインドネシアという地が私にとっての「坂の上」に見えたのです。
――将来的に、この会社をどのような存在にしていきたいですか。
酒井: ソフトバンクやトヨタ、ソニー、ファーストリテイリングのように、戦後の日本を形作り、世界を代表するような企業に成長させたい。現在のインドネシアのGDPは、1980年の日本とほぼ同規模です。ここから20年、30年と堅実に張り続けることができれば、必ず歴史に名を刻むような事業体になれると信じています。

――組織として目指す、理想の姿はありますか。
酒井: 吉田松陰の「松下村塾」のような場所にしたいですね。ここで活躍したメンバーが次の会社を立ち上げたり、国のリーダーになったりしていく。“movusリーダー”たちが新興国の成熟を加速させていくサイクルを作りたいと思っています。そのためには無人島に漂流してもサバイバルできるようなたくましさと、思考とエグゼキューションのバランスが取れていることが大事なのですが、当社のような環境であれば身に着けることができるかと。
――採用にも力を入れていますが、海外で通用するのはどういった人材でしょうか?
酒井: 僭越ではありますが、日本の優秀な方々に伝えたいのは、周囲の雑音に惑わされて自らを卑下することなく、もっと自信を持つべきだということ。海外に出ると痛感するのですが、日本人は自分たちが思っている以上に優秀なんです。特にオペレーション能力やラストワンマイルの改善力は世界的に見ても突出しています。それを日本国内の成熟した市場でくすぶらせるのではなく、圧倒的な成長市場で試してほしいと思います。
――最後に、読者や候補者へのメッセージをお願いします。
酒井: 私たちの事業は、国のグラウンドデザインの構築、産業や社会インフラの構築を行う非常に意義深い仕事です。今後の日本経済を考慮すると、より海外にチャンスを求めに行く必要があります。人生をかけて世界規模の課題解決に挑みたいという熱い志を持った方をお待ちしています。
井村: 私たちProfessional Studioも酒井さんの志を支えるべく、一切の妥協なく「勝てる組織」への貢献を続けていきます。特にこれからは採用面でのサポートにより一層力を入れていきます。引き続きよろしくお願いします。
インドネシアという「カオス」の中に、巨大な「チャンス」を見出し、独自のRent to Ownモデルで金融の民主化を推し進める挑戦。その根底にあるのは、代表・酒井氏の揺るぎない使命感と、Professional Studioと共に築き上げた「グローバル・ベストプラクティス」を体現する組織基盤だ。「日本の当たり前」を捨て、現地の熱量に寄り添いながらも、圧倒的な実行力で課題を解決していく。新興国発スタートアップの成功の鍵は、異文化を「Enjoy」するしなやかな強さにこそ宿っている。日本発、インドネシア初、そしてさらなる世界初へ向けて。movus technologiesのチャレンジからますます目が離せない。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
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