「日本の医療インフラ」を支える黒子として。年間2500万人の患者を支えるヘルステックスタートアップが、あえて困難な道を選ぶ理由【株式会社カケハシ 代表取締役CEO 中川貴史氏】

創業から10年。調剤薬局向けクラウドシステム『Musubi』を起点に、いまや日本の薬局の約25%を支える存在となった株式会社カケハシ。その裏側では年間2500万人もの患者データが動き、日本の医療インフラとしての重責を担っています。しかし、彼らが目指すのは単なるSaaS企業としての成功ではありません。医療というとてつもなく難易度が高い社会課題に挑む背景には、どのような思想と覚悟があるのでしょうか。

マッキンゼー出身という異色の経歴を持つ代表取締役CEO 中川貴史氏に、創業の原体験から組織課題を乗り越えたハード・シングス、そしていま求める“真のプロフェッショナル像”について、深く語っていただきました。

【Profile】

株式会社カケハシ 代表取締役CEO:中川貴史氏

1987年8月28日生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2016年にカケハシを代表取締役社長の中尾豊と共同創業。薬局・薬剤師とともに患者の行動を変容しうるプラットフォームを構築し、日本の医療課題における構造的な解決に取り組む。

目次

「2,500万人」の命を支える医療インフラとしての覚悟

── まずはじめに、創業から間もなく10年を迎える現在のカケハシの事業全体像について教えてください。

当社は薬局で使われる業務システムをクラウドサービスとして提供するところからスタートしました。おかげさまで現在では全国の薬局の約25%にあたる皆様に、何らかの形でカケハシのサービスをご利用いただいています。

ただ、私たちの事業の本質は、単にシステムを提供することではありません。実はその裏側で、年間2,500万人の患者さんの医療体験を支える「インフラ」になりつつあるんです。私たちは社会的に非常に重大な役割を担う「黒子」であると自負しています。

── 2,500万人というのは凄まじい規模ですね。具体的にどのような変革を目指しているのでしょうか?

圧倒的な規模を持っているからこそできる医療変革、社会課題の解決こそがカケハシの醍醐味であり、ユニークなポイントです。私たちは単なるSaaSカンパニーとして業務効率化を目指すだけではありません。たとえば患者さんの治療継続率を向上させたり、副作用のモニタリングを強化したりすることで、患者さんにとっての医療体験そのものを変えていく。

あるいは、昨今問題になっているジェネリック医薬品の供給不足といった医薬流通の構造的な課題にも、我々のアセットを使って切り込んでいく。日本の医療構造そのものをより良く変えていくアプローチこそが、私たちの本懐とするところです。

── そもそも、なぜ「薬局」というドメインに着目されたのでしょうか?

創業した10年前は、まさに「薬局のあり方」が社会的に問い直されているタイミングでした。かつての医薬分業の進展により、薬局の数はコンビニエンスストアよりも多くなりました。しかし、当時は「処方箋通りに薬を正確に渡す」という対物業務に偏重していたんですね。そこから、より患者さんに医学的な価値を提供する対人業務へシフトすべきだという機運が高まっていったわけです。

── 最初から単なる効率化ツールではなく、業界のトランスフォーメーションを促すプロダクトを標榜されていたわけですね。

その通りです。私たちのプロダクト『Musubi』は、薬局が「物を渡す場所」から「患者さんとコミュニケーションを取り、医学的価値を届ける場所」へと変わるためのトランスフォーメーション・プロダクトとして開発されました。

オンプレミスをクラウド化したとか、AIを組み込んだといった機能的な話だけでなく、業界や薬局のあるべき姿に対する強いメッセージを込めている点が、他社との大きな違いだと考えています。

── 現在はプロダクトのラインナップもかなり増えていますね。

はじめは最も課題が深かった「薬歴(記録業務)」からスタートしましたが、薬局経営全体を見渡すと課題は山のようにあります。

複数店舗の状況を可視化したいというニーズに応えるBIツール『Musubi Insight』や、患者さんとの接点を変革するフォローアップシステム 『Pocket Musubi』など、薬局業務のほぼ全てをカバーするラインナップへと広がってきました。患者さんは、病院で手術をして終わりではなく、その後の長い人生において薬による治療を継続していく。その全てのプロセスにおいて、我々は黒子としてデータを繋ぎ、医療の質を底上げしていく存在でありたいと考えています。

「7割が治療をやめてしまう」現実をテクノロジーで変える

── 先ほどおっしゃった患者さんとの接点について、特に『Pocket Musubi』はLINEを活用されていると伺いました。

『Pocket Musubi』は患者さんがLINEを通じて処方箋を送れたり、服用中のフォローアップを受けられたりするサービスなんですが、登録者数はすでに300万人を超えています。

── ヘルスケアアプリとしては異例の規模ですね。

人数もさることながら、面白いのがユーザーの年齢層です。一般的なアプリマーケティングの場合だと若年層がターゲットになるのですが、我々のユーザーは60代、70代が中心。慢性疾患を持ち、定期的に薬局に通う必要がある方々が、まさに生活の一部として使ってくださっていることの何よりの証拠かと思います。この「シニア層のアクティブユーザー」を面で押さえている点は、非常に大きな強みです。

── それだけのユーザー規模があると、社会に提供できる価値も大きそうです。

そうなんです。たとえば糖尿病や高血圧といった慢性疾患の課題に「治療脱落」があります。実は治療開始から半年後に継続できている患者さんは、30~40%しかいないというデータもある。つまり、6~7割の方が途中で治療をやめてしまっているんですね。

── そんなに多いのですか? 自覚症状がないからでしょうか。

おっしゃる通りです。実際の「痛い・痒い・辛い」がないので、面倒になってやめてしまう。しかし放置すれば重症化し、脳梗塞や心筋梗塞、あるいは人工透析が必要な状態になりかねません。一度透析にかかり始めると年間の医療費は何百万円にもなり、しかもそのほとんどは高額医療負担制度によって税金で賄われることになります。

一方で軽度の段階で治療を続けていればコストは100分の1程度で済みますし、何より患者さん自身のQOL(生活の質)も保たれます。

こうした考え方は、生活習慣病にった話ではありません。がん剤治療をはじめとするがん領域や、その他あらる疾患・治療においても、治療を「継続できる状態」を支えることは極めて重要です。服薬や通院のサポートだけでなく、副作用の兆候を期にえたり、不安や負担を軽したりすることで、治療効果を最大化することができる。私たちは、そうした広い患者支援を実現できる基になり得ると考えています。

── 個人の健康だけでなく、国の医療費削減という観点でもインパクトが大きいですね。

まさにそうです。実は薬剤師さんが「ちゃんと飲まないと大変なことになりますよ」とひと言伝えるだけでも、治療継続率には大きなインパクトがあるんです。それをテクノロジーの力で支援するのが私たちの役割です。

『Pocket Musubi』を通じて、デジタルの接点で治療の重要性を伝えたり、副作用の兆候を検知したりする。それによって、患者さんが適切な治療を続けられる世界を作る。これは国にとっても、患者さんにとっても、そして機会損失を防ぐという意味で医療機関にとっても、「三方よし」のエコシステムを作ることにつながります。

── 製薬メーカーにとっても、メリットがありそうです。

日本には広告規制があり、製薬メーカーが患者さんに直接アプローチすることはできません。どれほど素晴らしい薬を作っても、患者さんが勝手に服用をやめてしまっては効果が出ない。しかも患者さんは診察室で「薬は飲んでいません」とは言いにくいのではないかと(笑)。

効果が出ないから、と薬を切り替えられてしまう背景には、実は「単に飲んでいないだけ」というケースが多々あります。カケハシはこうした情報の非対称性を解消し、薬剤が持つ本来のポテンシャルを正しく発揮させるためのプラットフォームにもなり得ると考えています。

起業家から経営者へ。ハードシングスが成長の起爆剤

── ここからは中川さんご自身のキャリアについて伺います。マッキンゼーご出身ですが、もともと起業志向はおありだったのですか?

子どもの頃から「ものづくり」が好きで、大工さんになりたかったくらいです。大学時代には友人と起業ごっこのようなことをしていました。自分で描いたものを具現化し、社会に進化をもたらすプロセスが好きなんですね。

ただ、大学時代は起業と部活と遊びに夢中で全く勉強をしておらず……法学部だったので一応、弁護士になったほうがいいのかな、と思ってはいましたが、このままでは法科大学院に行けないと。焦りはじめた頃、タイミングよくアメリカの大学に一年留学できるプログラムを見つけてですね、迷うことなく手をあげました。

──では心を入れ替えて留学先では猛勉強を?

いえ、持参した30kgの参考書の段ボールは一度も開けませんでした(笑)。向こうでもキャンパスライフを謳歌して悠々と帰国したら、同級生たちは商社だ官僚だと内定を決めていて、自分だけ進路がない状態。あわてて「海外大卒採用」枠でコンサルティング会社にアプローチし、拾ってくれたのがマッキンゼーでした。

── まさに異色の経緯のはじまりですね(笑)。マッキンゼーではどのような働き方を?

どうせすぐ辞めて起業すると思っていたので、社内の煩わしいよしなしごとには一切関わらず、ひたすら自由にやらせてもらいました。入社直後なのに新しい提案・企画をお客さんに持っていったり。でも、そんな無茶な私を面白がってくれる懐の深い会社でしたね。

結局、居心地が良くて5〜6年ほど在籍しました。インドやイギリス、シカゴなど、グローバルな環境で揉まれた経験は大きかったです。

── そこから起業へ踏み切ったトリガーは何だったのでしょうか。

このままコンサルタントとしてキャリアを積めば、給料も上がり、生活も安定する。でも、守るものが増えれば増えるほど、リスクを取れなくなるという危機感がありました。「今踏み出さないことこそが、人生最大のリスクだ」と。

どうせやるなら誰も解決できていない、最も重たくて難しい社会課題に真正面から斬り込みたい。参入障壁が高く、高度なビジネススキルが求められる領域──それが「医療×高齢化社会」というテーマだったわけです。

── 起業後は順風満帆そのものに見えますが、ハード・シングスはありましたか?

もう、本に書いてあるようなハード・シングスは全部経験しましたよ(笑)。

特に苦労したのは組織づくりです。シリーズA調達後、社員数が20名から一気に100名近くまで拡大した時期がありました。当時流行っていた『ティール組織(階層のないフラットな組織)』を導入してみたんですが、これが大失敗でした。

── 何が起きたのでしょうか。

究極の文鎮型組織になり、100人全員が私にレポートするような状態になりました。入社3ヶ月のメンバーが「古株」扱いされ、誰も何も決められない。人数は4倍になったのに売上は1円も伸びず、キャッシュだけが溶けていく……。

そこから意識を切り替えて、きちんとチームを分け、マネージャーを育成し、ミッションを持たせるという当たり前の組織構造に作り直しました。

CEOとしての役割は、自分がプレイヤーとして動くことではなく、会社が向かうべき旗を立て、カルチャーを作り、時にはそれを壊して再創造することなのだと、痛いほど学びましたね。この時に起業家から経営者になったんだと思います。そういう意味ではカケハシのみんなに育ててもらっているといっても過言ではありません。感謝しかないですね。

求めるのは高潔さと泥臭さ。全ては日本の医療を変えるために

── カケハシのバリューの一つに「高潔」があります。スタートアップとしては珍しい言葉選びですが、これにはどのような想いが?

医療というドメインを扱う以上、利益よりも倫理観を優先させるべき局面が必ずあります。「間違ったことをして稼ぐくらいなら、会社を潰す強さを持とう」とよく話しています。

カケハシで活躍しているメンバーに共通しているのは、働くモチベーションのベクトルが「自分」ではなく「社会」や「他者」に向いていることです。「俺が有名になりたい」ではなく、この難しい課題を解決することが、社会にとって絶対に良いことだと信じて疑わない。そして難易度が高いからこそ一人でではなく、チームで力を合わせて取り組んでいこうというカルチャーにもつながっていくんですね。これこそカケハシの強さの源泉です。

── 現在、組織や事業における課題感はありますか?

事業の複雑性と難易度が極めて高いことですね。すでに社会インフラとなっている基幹システムを止めずに動かしながら、ものすごいスピードで新機能を開発し、さらにM&Aで加わったグループ会社のプロダクトとも連携させていく。裏側ではアカデミアと連携して医学論文を発表し、データの信頼性も担保しなければならない。

正直、社内のリソースだけでは全く足りていません。「子会社の役員をやりながら、M&AのPMもやって、3つのプロダクトを見てます」みたいなスーパーマンが何人もいる状態で、なんとか回しています。

── 逆に言えば、ものすごいチャンスが転がっていると。

その通りです。一般的には役員クラスでないと経験できないような仕事が、カケハシでは年齢やポジションに関係なく、手を挙げればいくらでも任せられます。「決まっていないこと」を楽しめる人、自ら考えて動ける人にとっては、これ以上ない環境だと思います。

市場環境の変化で縮小均衡を選ぶスタートアップも多い中、私たちは日本の医療を変えるために全力でアクセルを踏み続けています。立ち止まっている時間はないんです。

── つまり採用が重要である、と。Professional Studioへの期待もますます高まりますね。

Professional Studioさんは私たちの事業の複雑さやフェーズ、チームの相性まで深く理解した上で、まさにピンポイントで素晴らしい人材を紹介してくれます。
単にスペックが合う人を数多く揃えるのではなく「この人が入れば組織が変わる」というキーマンを提案してくれる。候補者の方のキャリアにとっても、カケハシにとってもWin-Winになるマッチングを本気で考えてくれている安心感がありますね。

── ありがとうございます。最後に創業後に中川さんの心に特に残っているエピソードがあれば聞かせてほしいです。

ある大手法人への導入プロジェクトですね。年の瀬も押し迫ったクリスマスの日、急遽RFP(提案依頼書)が届き、年末年始返上でメンバーたちが提案書を作り上げました。その後の導入プロセスも泥臭い苦労の連続でしたが、現場の薬剤師さんに「Musubiが入ってから仕事が楽しくなった」「ありがとう」と言ってもらえた時、全ての苦労が報われました。

スマートな戦略だけでなく、こうした泥臭い「あがき」ができるチームこそが、カケハシの誇りです。そんな熱量を持った仲間と、これからも日本の医療を変えていきたいですね。


「日本の医療をより良くする」という使命に対し、一切の妥協を許さないカケハシの姿勢。2500万人の命を預かるインフラとしての責任感、そして利益よりも「高潔さ」を重んじる企業文化。中川氏の言葉の端々からは、知情意が見事に調和し、 高いレベルに昇華されたものを感じることができた。きっとそれはカケハシの風土ともリンクしているのだろう。

カケハシがいま求めているのは、完成された組織で安定を得たい人ではなく、複雑で困難な課題に自ら飛び込み、泥臭く未来を切り拓ける「事業家」精神を持った人材だ。医療という巨大な産業構造を変革する最前線で、自身の力を試してみたい。そう感じる方にとって、今のカケハシは日本で最もエキサイティングな場所の一つと言えるだろう。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

『Startup Frontier』を運営するProfessional Studioは、スタートアップに特化したキャリア支援を行っています。エージェントはスタートアップ業界経験者のみ。キャリアや転職に関する相談をご希望される方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。

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