スタートアップに特化したキャリア支援を行っているProfessional Studio株式会社が、スタートアップで働くリアルを伝えるメディア『Startup Frontier』。よく目にするポジティブな面ばかりでなく、苦しみや葛藤など、スタートアップキャリアを歩むうえでのハードシングスについても隠さずにお伝えします。
今回は、小型衛星の開発から活用までを手がける宇宙スタートアップ、株式会社アクセルスペースの取締役CFO、折𠩤 大吾(Daigo Orihara)氏のスタートアップキャリアを紐解きます。
【Profile】
株式会社アクセルスペース CFO 折𠩤大吾氏
三和銀行、通信機器メーカーでのプロダクトマネジメントを経て、UBS証券投資銀行本部において、M&A、資金調達等のFA業務に従事。その後、経営共創基盤において、事業戦略立案、ハンズオン経営支援、海外プロジェクト、国内外投資業務に携わる。その後、マッスルスーツ等を開発する大学発スタートアップ、イノフィスに参画しCFOとして資金調達、中期経営計画策定をリード。同社CEOを経て2023年にアクセルスペースに参画。University of Michigan, Ross School of Business(MBA)修了。2023年現在、株式会社アクセルスペースホールディングス/株式会社アクセルスペース 取締役 CFO 兼 経営管理本部長。
プロフェッショナルファームからスタートアップへ
ーーまずは、現在の業務内容について教えてください。
株式会社アクセルスペースの取締役CFOとして、資金調達やIPOへの準備などファイナンス周りの業務を管轄しています。加えて、経営企画、法務、総務といった業務も管轄し、事業計画立案から事業部門との事業展開に関するディスカッションでの壁打ち相手まで幅広く携わっています。
ーー折𠩤さんは40代後半まで、国内大手のコンサルティング会社、世界的金融機関からグローバルIT企業まで、規模の大きな組織でキャリアを積んでこられました。それが47歳で突然、介護機器や産業用特殊機器を手がけるベンチャー企業へ転職されています。何がきっかけだったのでしょうか?
海外企業への事業を目的とした国際協力銀行とIGPIの合弁の投資会社、株式会社JBIC IG Partnersでの経験がきっかけです。
当時私は、新しく北欧に設立するファンドの立ち上げメンバーとして、市場環境リサーチから、現地パートナー企業の発掘・アプローチ、立ち上げ後を想定しての投資先パイプライン選定までを担当していました。業務を進めるなかで、フィンランドやエストニアのベンチャー企業の方々と話す機会が多く、会話を通じて刺激を受けました。
北欧は教育水準が高く、優秀な方々が圧倒的に多い反面、人口は数百万人で国家としての規模は大きくありません。自国のみでは十分なマーケットが見込めないため、北欧企業は最初からグローバル展開を視野に入れてサービスづくりをおこないます。そんな環境で挑戦をする方々はたくましく魅力的で、その発想力には何度も驚かされました。彼ら彼女らと接するうちに、なんだか私までワクワクしてきて、「世界で勝てるスタートアップ企業を自分でもやりたい」と思い始めたのです。
スタートアップ転職で直面した、ソフトスキルの差
ーーご自身にとって、初となるスタートアップ企業でしたが、不安はなかったのでしょうか?
正直、不安はありました。
これまで、プロフェッショナルファームに身を置き、積み上げてきたスキルや仕事の仕方が通用するのかがわからなかったのです。意思決定のプロセスから仕事の進め方まで全く違うなか、「うまくフィットできるだろうか」と、漠然とした不安がありましたね。
ーー実際に入社されて、これまでの働き方とギャップを感じる部分はありましたか?
ありました、
たとえば、コンサルティング会社に勤める人たちは、性別や年齢が違っても持っているスキルセットは比較的近い傾向があります。ある程度の前提が共有されているので、コミュニケーションにズレが生じることはほとんどありませんでした。しかし、事業会社には多様なバックグラウンドを持つメンバーがいて、エンジニア出身と営業出身とでは考え方が違うこともあります。均一な組織と比べて、より丁寧な会話が求められました。
また、仕事に対するスタンスに幅があることもギャップに感じました。コンサルティング会社の場合は、社員一人ひとりの仕事への優先順位が高い人が多かったです。しかし、事業会社の場合はワークライフバランスを充実させたい人もいれば、純粋に大好きなプロダクトに携わりたくて仕事をしている人もいます。マネジメントの観点から言えば、各メンバーのモチベーションが多様なので、それぞれのベクトルにあったコミュニケーションが必要でした。
コミュニケーションの性質の違いもギャップに感じました。コンサルティング会社の場合は、比較的ドライでサクサクと会話を進める雰囲気でした。しかし、事業会社の場合は雑談や悩み相談も重要で、会話それ自体が相手の気持ちを軽くすることもあります。明確な目的意識のない会話も駆使しながら、仕事を進めることは自分にとっては新鮮でした。
これまでの仕事の中で培ってきた、複雑な物事を整理する力や課題をタスクに落とし込む力など、いわゆるビジネススキルはもちろん重要なのですが、それだけでは組織は動きません。コミュニケーションを含めたソフトスキルを身につけ「雰囲気づくり」ができる能力が求められており、自分にはまだ足りていないと感じました。
ーー慣れ親しんだプロフェッショナルファームの世界に戻りたいという気持ちにはならなかったのでしょうか?
ならなかったですね。
やっぱり事業が楽しかったのです。試作品がイマイチでみんなで頭を抱える、修正を繰り返しながら苦労して商品化を実現させる、それが店頭に並ぶ、といった一つひとつの瞬間がこれまで味わったことのない楽しさで、前の世界に戻りたいとは一度も思わなかったですね。
CEO就任直後、コロナの流行。「社員のためにも、逃げるわけにはいかない」と踏みとどまり、会社を立て直す
ーーそこから1年ほどでCEOへと就任されています。どのような経緯だったのでしょうか?
前の社長が会長へ就任することが決まり、その後釜として指名されたというのがザックリとした経緯です。
私が社長に就任したのは、新型コロナウイルス感染症が流行し始めた直後で、その影響で計画していた売上が大幅に落ちてしまいました。それまでに立てていた計画がすべて崩れたところから、自分が全責任を負って売上を作っていく立場になったあの時期が、キャリアで一番つらかった時期ですね。
株式会社イノフィスは装着型のアシストスーツを販売しています。営業のセオリーは、現場へ直接伺ってデモをお見せし、試してもらってから導入を検討してもらうという流れでした。一般的な商品ではないため、まずつけてもらわないとその価値が分かりにくかったのです。しかし、コロナの影響で、そもそもお客さまのところに行けなくなり、既存の営業セオリーが使えなくなりました。
オンライン営業はまったくやっていなかったので、緊急事態宣言下は何も活動ができず売り上げが一気に落ちました。一方で、すでに成長を見越した販売台数分の在庫は抱えていたので、どうやって売ればいいのか頭を抱えましたね。
ーーどのようにして立て直したのでしょうか?
まずはコストの見直しです。一旦、在庫を減らすべく、生産委託先にお願いして生産をストップし、またプロモーション戦略も見直して広告費を削減しました。
次に、対面以外の営業手法の確立に着手しました。あらかじめデモ機をお送りし、Zoomを活用してリモートでデモをおこなうところから始めました。また、海外企業向けのオンライン展示会に参加し、世界中の国を相手に自社のプロダクトをPRしました。
とにかく手数を増やし、新しいやり方を模索するなかで少しずつ成果が上がるようになってきました。とくに海外展開については、一度も対面でお会いすることなく代理店になってくれる企業も出てきて、手応えを感じました。そこで、すでにアシストスーツ導入の素地のあった欧州を中心に営業を展開し、海外の販売店をどんどん広げていき、加えて世の中が落ち着きを取り戻すにつれて、海外事業が立ち上がっていきました。
ーー誰も予測できないパンデミックのなか、踏ん張れたのはなぜだったのでしょうか?
一度引き受けたからには、当時在籍していた30名ほどの社員のためにも、逃げるわけにはいかないと思ったからです。社長就任の際、各ステークホルダーに「この会社をどうにかします」と約束したことも大きかったですね。
手触り感のあるビジネスを求め、宇宙スタートアップのアクセルスペースへ
ーー2023年4月、アクセルスペースへと転職されています。その経緯を教えてください。
2022年から23年にかけて、株主構成がガラッと変わり、このまま、お互いの方向性が違う状態で一緒に歩むより、別で理想の追求をした方が良いと思うようになり、イノフィスのCEOから退任し、会社自体も辞める決断をしました。
退職後は起業も検討しましたが、どうしてもこれまで在籍した会社と事業領域がかぶることになるため、気が進みませんでした。個人でコンサルタントとして独立するかとも思いましたが、チームでの仕事の方がやりがいを感じると思い、転職を考えるようになりました。
転職活動の一環としてエージェントに登録し、Professional Studioに紹介いただいたのがアクセルスペースだったのです。担当していただいたProfessional Studioの大庭さんはイノフィスや私のことを前から知ってくださっていたようで、業界の知見も深く、紹介してくださる企業の精度も高かったのが印象的でした。
それから代表取締役CEOの中村友哉と話をして、単純に事業内容がおもしろそうだと思い、面談を重ねて入社に至りました。
ーーどこをおもしろそうだと感じたのでしょうか?
これまで漠然としか捉えていなかった「宇宙」が、実はビジネスの可能性に溢れている分野だという話に魅力を感じました。世界で見ても、人工衛星の開発から運用までを自社で完結している企業は聞いたことがなく、競合優位性の高い、世界で勝てる事業を手がけていると感じました。個人的に、ソフトウェアよりもハードウェアのほうが好きで、とくにディープテック分野に興味を持っていたことも魅力を感じた要素の一つでしたね。
実は、アクセルスペース以外にも選考が進んでいる会社はありましたが、最終的に決め手になったのは「自分にとって手触り感のあるビジネスかどうか」でした。目に見えるもの、手で触れられるものを扱っていることは、自分が高いモチベーションで働く上で大事なことだと思い、アクセルスペースへの入社を決断しました。
ーー2社目のベンチャー企業ですが、今回は転職にあたって不安はありましたか?
ほとんどありませんでした。
何度か転職を経験していたので、転職自体に対するハードルが下がっていたことと、ベンチャー企業を一度経験したことで、どんな環境かわかっていたことが大きかったのだと思います。
また、転職活動中にProfessional Studioの大庭さんから細かくフォローいただいたのも助かりました。とくに、面接準備に必要な事前情報を深いところまでもらえたところが良かったです。調べればわかることばかりではなく、社長の人柄といった表に出てこない情報まで教えてもらえ、面接でどこまで何を話すべきか、あらかじめ想定できました。
新しい産業を生むサポートをし続けたい
ーー入社前とのギャップがあれば教えてください。
決してネガティブな意味ではありませんが、思っていた以上にやらなければならないことがたくさんあるなとは思いました。アクセルスペースは約150名の従業員が働く、いわゆるレイターステージに位置づけられるスタートアップです。しかし、組織の課題はまだまだ存在していて、一つひとつ潰していかなければならない状況でした。
また、会社の雰囲気についてもギャップを感じました。これまでの会社より、良くも悪くも「研究所」っぽかったのです。
研究開発をおこなう会社に在籍した経験もありますが、そこでは、どうすれば売上目標を達成できるかという、営業的な強い意識が社員のベースにありました。一方、アクセルスペースの場合は、現状、政府の委託案件の比率が高いこともあってか、営業的な意識よりは「良いプロダクトをつくるのだ」という思いの方が強いように感じました。確かに、これまでのフェーズではプロダクトにおける品質向上の優先順位は高かったと思います。しかし、これから先はどうやって我々の強みをビジネスに展開し、価値をつくっていくかも重要です。そのため、今後は考え方の転換を社内に起こしていきたいと思っています。
ーー最後に、今後の展望について教えてください。
具体的な展望はとくに考えていません。ぼんやりとした将来像としては、これまで携わってきた金融、コンサルティング、そしてスタートアップ領域での経験を活かしながら、新しい産業を生むお手伝いをし続けたいなと考えています。
長く勤めて自分のスキルを会社に還元することも一つの方法かもしれません。スタートアップの支援をしている会社に入って、さらに多くの産業創出に貢献することも良いかもしれません。世の中にはまだまだ、噛み合わせを変えるだけで成功の可能性が高まる会社はたくさんあります。そんな会社の力になりたいです。
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